【悲報】PS5の日本での実績に重大な懸念があると海外で報道

【悲報】PS5の日本での実績に重大な懸念があると海外で報道

PS5の日本での実績は重大な懸念となっていると海外ゲームメディアGamingBoltで報道されました。記事には「ライターの見解であってGamingBoltの見解ではない」と注釈が入っていますが、どのような内容なのでしょうか。ざっくり翻訳で紹介します。かなりの長文記事です。


現在の日本のゲーム販売状況を見ると、非常に厳然とした興味深い状況が浮かび上がってきます。日本ではゲーム販売ランキングのトップ30にPlayStationのゲームは1本も入っていません。言うまでもなくすべて任天堂のプラットフォームであり、しかもハードは1つで、それは当然「Switch」です。1つのハードが主要市場全体のゲームソフト販売を完全かつ絶対的に支配しているのです。これは、ファミコンの全盛期以来、文字通り一度も起こったことのないことであり、今後の日本におけるソニーの展望を考える上で、かなり不愉快な話です。

というのも、日本では伝統的に任天堂が好調であったにもかかわらず、ソフトの販売では常にソニーが圧倒的なシェアを占めていたからです。PS1とPS2は絶対的なモンスターであり、PSPは日本のゲーム業界がHD化に苦戦していた際に、多くの日本のゲームの居場所になりました。PS3時代は、PS3、PSP、PS Vitaを組み合わせたエコシステムを形成することで、日本の多くのパブリッシャーが重視するようになりました。PS4は登場から軌道に乗るまでに時間がかかりましたが、その間もPS3とPS Vitaが支えてくれ、最終的にはPS4とVitaがその生態系をさらに継続させてくれました。

ソニーが支持されたのは他に選択肢がなかったから?

問題は、PlayStationが日本のサードパーティに支持されていたのは、ソニーが特別な努力をしたからではなく、また、固有の品質があったからでもないということです。日本のサードパーティに支持されたのは、他にゲームを提供できるプラットフォームがなかったからなのです。Xboxは日本では存在感がありません。だから、いつも「PlayStation」か「任天堂」かということになるのです。

確かにWiiは非常に多く売れましたが、Wiiが開拓したユーザーはRPGやアクションアドベンチャー、ビジュアルノベルなど、日本のサードパーティーが得意とするタイプのゲームに興味がありませんでした。一方、DSは大成功を収め、どんなゲームでも購入したいと思ってもらえましたが、ハードとしては非常に弱く、開発者が希望しても多くのゲームが発売できませんでした。そのため、PS3とPSPがデフォルトのプラットフォームとなっていきました。

3DSはPSPのユーザーにアピールしようとしたものでしたが、VitaはPSP、PS3、PS4との間で簡単にクロスポートできるようになり、エコシステムとしての価値(そして参入のしやすさ)は、独自性の強い3DSよりもはるかに高いものでした。3DSが日本で大成功を収め、Vitaが相対的に失敗したにもかかわらず、日本のサードパーティは依然としてPlayStationに集中していました。Wii Uは大失敗だったので、PS4がデフォルトのハードになってしまったのです。

つまり、任天堂がやるべきことは「日本の開発者が好きなゲームを作れる性能」を持ち、「日本の開発者が作りたいゲームを買ってくれるユーザー」を育て、「ゲームの開発やパブリッシングがしやすく」、「インストールベースが大きい」デバイスを出すことだったのです。Switchが登場するまでは、これらの要素のいずれかが欠落していたため、日本の開発者にとって、ソニーは事実上デフォルトの場所としての地位を確立していました。しかし問題は、もしあなたの成功が、あなた自身の功績によるものではなく、競合他社の失敗によって築かれたものであるならば、いずれはトップの座を失うことになるということです。積極的に自分のポジションを固めようとしない限り、競合他社の不手際に頼るだけでは、結局は自分の首を絞めることになってしまいます。

ソニーの日本軽視とSwitchの登場

ソニーは、日本市場を開拓するための適切な努力をしてこなかっただけでなく、むしろ日本市場を遠ざけ、衰退させるためにあらゆる努力をしてきました。ジャパンスタジオの閉鎖から、日本のゲームやゲームクリエイターに管理上の制限を課すことまで、また、PS5のUIにおいて「Xボタン」と「Oボタン」の機能を逆転させたり、日本の開発者にサポートを提供しなかったりといったことから、ソニーはここしばらくの間、多くの日本の開発者やパブリッシャーとの間に溝を作ってきました。

ソニーが一貫して日本を軽視してきたことと、任天堂がついにすべての条件を満たすハードを発売したことで何が起こったのか? 少なくとも、事実上PlayStation独占ゲームとして日本で支持されていたゲームの多くが、マルチプラットフォーム化(『アトリエ』のような長期にわたるPlayStation専用フランチャイズのように)、あるいは完全な独占ゲーム化(『ディスガイア』(訳注:『ディスガイア6』は海外ではSwitch独占)のように)されています。日本だけでなく世界的に見ても、日本のゲームはSwitchの方が売れるという状況になっています。

ソニーの大作志向で取りこぼされたゲームがSwitchに流れた

いずれも目新しい情報ではありませんが、これは任天堂とソニーの対照的な戦略、そして両社がそれぞれのブランドのために選んだ方向性を示しています。ソニーはハイエンドのゲームに全力で取り組むことにしました。それは、大規模な予算で制作されたゲームに付随するブランドです。もちろん、小規模なゲームがPlayStationでの販売を認められていないわけではありませんが、ソニーはそのようなことには全く関心がありません。だからこそ、インディーゲームは日本のゲームと同じような運命をたどっているのです。ソニーは自社であれパートナー企業であれ、次のブロックバスター(訳注:集中的に巨額の宣伝費を投入してヒットさせる戦略)大作に注目してもらいたいので、インディーゲームはほとんど見向きもしません。

ソニーにとって公平を期すために言うと、もしかしてそのパートナーはインディーズや日本のゲームかもしれません。ソニーはファイナルファンタジーなどの日本のゲームに注目しています。また、『Kena: Bridge of Spirits』のようなインディーゲームにも力を入れています。しかし、それらのゲームはすべて、ソニーの承認を得た厳選されたハイエンドの「ブロックバスター」です。それに対して、『十三機兵防衛圏』は受賞歴があり、高い評価を得ているゲームかつPS4専用ソフト(PC版もない!)であるにも関わらず、ソニーは自社のストアページでもそれを認めていません。

これは任天堂とは真逆の戦略です。任天堂は中小規模作品を受け入れています。HDへの移行でほぼ消滅してしまった中小規模作品ですが、Switchによって生き残る道を手に入れることができました。だからこそ、任天堂は数ヶ月に一度、インディーゲームだけを紹介する30分にも及ぶ番組を開催するのに苦労しません。『ノーモア★ヒーローズ3』や『ルーンファクトリー5』のような低~中レベルの日本製ゲームが頻繁に紹介されるのもそのためです。もちろん、任天堂はハイエンド作品を宣伝することにも問題はありません。ハイエンドのゲームが発売されればそれを全力でプッシュします。しかし、任天堂にとってはハイエンドのゲームもミドルクラスのゲームも区別や違いはなく、魅力的なゲームであれば売り込むことができるのです。

その結果、PlayStationと任天堂では、ソフト市場やエコシステムが大きく異なることになりました。おもしろいことに、両者はお互いの過去を吸収しているようにも見えます。かつてPlayStationはゲーム開発を民主化するプラットフォームであり、すべてにスポットライトを当て押し出していました。だからこそ『ペルソナ』をはじめとする、かつての小さな開発会社やフランチャイズの多くがPlayStationのプラットフォームで成長したのです。任天堂は「プレミアムソフト」戦略を強調していたことで知られており、自社および厳選されたサードパーティパートナーのヒット作をメインに販売していました。PlayStationユーザーは、大ヒット商品だけでなく、さまざまな種類のソフトウェアを購入することに積極的で、その結果、多くの小規模なゲームやデベロッパーがPlayStationで大成功を収めました。一方、任天堂のユーザーは、次の大ヒット作をひたすら待つ傾向がありました。ほとんどが任天堂のゲームですが、N64の『スター・ウォーズ ローグ・スクワッドロン』やゲームキューブの『バイオハザード4』など、時には厳選されたサードパーティのタイトルもありました。

分かれるユーザー層

しかし、今はそれとは正反対の状況にあります。ソニーはブロックバスター層を開拓しました。これはソニーの次の大作や、AAA級タイトルの投下を待っているユーザーです。このユーザーは最新かつ最高のものに集中しており、その結果多くの視聴者は、PS2の頃から見たら最先端だったかもしれないインディーゲームや日本のゲームに興味を示さなくなりました。もちろんそれはそれで構いません。プレイヤーが最先端を好むことは悪いことではありませんし、ソニーがこれまでの成功を考えてそれに注力することも悪いことではありません。

一方、任天堂のユーザーは、面白そうな最新のインディーゲームから、長く続いているニッチな日本のゲームシリーズまで、様々なものに触れたいと思うユーザーを任天堂が積極的に育成しているおかげで、購入するものを選ぶ際により多くのリスクと幅広いアプローチを取るようになっています。もちろん、Switchのソフト装着率が異常に高いことから、これらのゲームを試してみることにも満足しているようです。その結果、このようなプラットフォームへのソフト供給がさらに促進され、ユーザーがより多くのゲームに触れることができるようになります。『Hollow Knight』や『Hades』が他のゲーム機で発売される前にSwitchで発売されたのには理由があります。その理由は、任天堂がエコシステムを構築したことで、開発者やユーザーが大作に固執するのではなく、幅広い種類のゲームに親しみを持てるようになったからです。

このように、多様なゲームを受け入れることができるからこそ、日本のゲーム業界は最終的にSwitchに集まってきたのであり、Switchは日本のゲーム業界そのものなのだと思います。『バイオハザード』のようなハイエンドの日本のゲームや、小規模なゲームであっても最新ハードを含むマルチ戦略に意味のあるタイトルはこれからもたくさんPlayStationに集まってくるでしょう。しかし、PlayStationが20年以上にわたって培ってきたエコシステムが、今後は徐々に任天堂に移行していくことが予想されます。もちろん、任天堂がSwitchの後継機で任天堂らしい失敗をしなければの話ですが。

任天堂はおそらく、Switchの後継機で物事を台無しにするでしょう。


という長い長い記事でした。

後半の話の展開は見たことがあるので、おそらく以前紹介した記事のライターと同一人物だと思われます。この人が一貫して指摘しているのは、「多様性のなくなったハードは歴史的に見て衰退する運命にある」という点です。おそらく新しいゲームが続々と生まれていった黎明期にゲームとの蜜月を過ごした世代なんだと思います。プレステのゲームは確かに初代にあった雑多感、わくわく感が感じられなくなり、映画でいうとハリウッド大作ばかりになったという印象があります。

任天堂も過去にそうだった(プレミアムソフト戦略)という指摘が記事中にありますが、これは粗製乱造のゲームが溢れかえりユーザーから見放される、いわゆるアタリショック状態を警戒してのことだと思いますので、収益性が高いゲーム以外をサポートしない今のソニーの戦略とは異なると思います。

プレステに思い入れのあるユーザーには単なる「PS下げ、任天堂上げ」の記事に映るかもしれませんが、ライターはかなり中立を保っているように思います。最後に任天堂の失敗しやすさを皮肉って終わっていることからもわかります。現在のSwitchの成功は、ゲームユーザーのライフスタイルが変化してきたところにたまたまSwitchがマッチしただけで、任天堂はそれを今後あまり大事にしないのでは、という懸念はわたしも感じます。テレビ離れ、メディア離れ、新型コロナウイルス、どれも偶然任天堂とSwitchの追い風になっています。

任天堂は64のアナログスティック、Wiiの棒振り、DSの2画面、Wii Uの非対称性からわかるように、「新しい感覚の装置を導入すると、こんなアイデアのゲームが生まれる」という観点からハードを作るので、記事で言われているように次のハードは失敗するかもしれません。

ともかくユーザーが選択肢を奪われない健全な市場になっていってくれることを願います。

参考記事

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